流鉄乗車感想〜愛されている流鉄・スモールサイズの心地良さ〜
人眼を引くこともない看板から始まる。
流山駅に3編成。一回で全部の車両を見られるような・・
流鉄にはたまに乗りたい衝動が起きる。
あの小さな電車にただ乗りたくなるのだ。
Suica使えない。揺れも大きい。
電車も西武のお下がりである。
ただ、2両編成の電車は乗車するとその小ささが楽しくなる。
前後が全て見渡せ、運転手、駅員、乗客の動きが良く見えるのだ。
小さくても、しっかり安全確認、指差し確認がされている。
面白いのが、流鉄は駅員はホームではなく、改札の外から旗を上げる。
駆け込んでくる人がギリギリか見える位置にいると乗せてから発車するのだ。
立ち位置が、駅によって絶妙なところから合図を送る。
馬橋駅で、階段に落し物をした中学生ぐらいの子は、一度駅員さんにそれを言い、階段で落とした物を拾ってから電車は発車した。
ベルを早めに長く押し、発車は駆け込む人を全て載せてからである。
少し遅れても調整できるのだろう。
スピードも遅すぎず、早すぎずである。
流山駅に電車を見に車で来ていた家族がいた。
他におじいちゃん、おばあちゃんに抱かれた子どもを2組、乗車中に見た。
午後は日中3本なので、時間を見てきたのだろう。電車の来る時間も覚えられているのだと思う。
子ども、特に男の子は電車は好きだが、
流鉄は子どもの目にも入るぐらいの小ささだ。
何もわざわざチャギントンにしなくても、充分なのだ。
なぜか大人になるとそれが分からなくなってしまい、実物大のチャギントン電車なるものを走らせてしまう。
そんなことはしなくてもいいよ、と流鉄を見に来た子どもたちは言うだろうな。
日曜日の午後、小さな電車を走るのを見に来る子どもやおじいちゃん、おばあちゃん。親子連れ。
ただ、電車を見に来ただけだ。
そういうことがとても楽しいのだな、
何もお金をかけることもないのだなと、
見ている方が楽しく、その様な時間を
自分も通ってきたことを思い出した。
そして、ゆとりのある電車の運行で、乗客もゆったりとした気持ちになる。
当然だが、電車が短いとホームや駅舎、
橋なども小さい。
その全てがたまらなく好ましい。
江ノ電ではできなくなってしまったが、
流鉄は座れないことはまずない。
日曜の午後、
そんな一時を感じたくなることがある。