おばあちゃんがやっていた床屋
中年男は鏡を覗くのが憂うつだ。
前髪が伸びない。前から上が薄くなった。
毎朝一度は見なくてはしょうがないのだが、できれば見たくはない。
行きつけの床屋さんが閉じてしまい、駅前の店で切ったが、二カ月から二カ月半には一度、もう20年近く通ったので、さびしい思いがした。
20年前はお母さんだったが、母娘二人でやっていたお店に偶然入ってから、ずっとだった。
娘さんと言えども私より一回り年上で、ただ子どもの年は向こうが少し上ぐらいだったので、ママさんと子育て談義をするのが楽しみであった。
お母さん、年取ってからはおばあちゃんは腕は良い。ママさんよりもきれいに切ってくれるのだが、おばあちゃんは一方的にしゃべった。
私は子どものような年なので、聞くしかなかった。
ママさんと、話が出来るかと思いつつ行くと、だいたいおばあちゃんに捕まった。
後は髪を切ってくれるので、聞くしかないのである。
おばあちゃんには、今まで見たお客の中で、二番目に頭が大きいと、行く度に言われた。
おばあちゃんがラジオで聞いた話の感想、おばあちゃんの政治や世の中についての意見。
そして、おばあちゃんの歴史。
お金はこっちが払っているのだが、なぜかおばあちゃんの話を二カ月に一度、耳を傾けなければいけない。
不思議な時間だった。
最近はおばあちゃんが少し弱ってしまい、2年前の夏におばあちゃんに切ってもらったのが、おばあちゃんには最後に切ってもらったことになった。
ママさんが、おばあちゃんを見なくてはならなくなり、店は閉じてしまった。
駅前の別の店は、腕は良いのだが、そんなコミュニケーションは取れないので、
散髪も楽しみが減ってしまった。
とはいえど、前髪は伸びないのだが、サイドは伸びるので、床屋に行くしかない。
いつか、ママさんが店を再び開けてくれるのを淡く期待している。
それまでに、私の髪が無くならないように(苦笑)